いのちのことはいのちに聴く

最近ヤドカリさんを飼育し始めた。

うちに来たときは仮の住処であるタッパーから何度も脱走するなど活発だったのだが、このところじっとしていることが多くなった。
食べ物も雑食だというので、私が食べるものはたいてい小さく刻んでケージに入れてみたり、好物だと言われるジャンクフードを与えてみたものの、食べているのかどうかわからない。
遊べるように神社で拾ってきた枝を立てかけておいたら、夜中にカリカリと音がする…
食べているような気がする。
やっぱり自然のものが好きなのか。
そういえばぶどうをかじっているのを見た気はするが…
好物だと与えるとすぐに寄ってくるほどだというから、今だ彼らの胃袋をわしづかみにするものが何なのか、分かっていない。
このところ急激に寒くなって来たので活動が鈍くなっているのかもしれないと思い、フタの上にカイロを置いたところ、若干動きが見られた。
しかし毎日カイロはちょっとリーズナブルではない気がしたので、ヒーターを購入した。
今日設置してみる。

いろいろ情報を集めて対処しているが核心(確信)が得られない。

そんなこんなで心配なので、夜眠る時は枕元に置いて寝ている。めだかちゃんではこれができなかった。
今朝目を覚ましたときもじっとしていたので、ケージに手のひらを当てて、五井先生のエネルギーや動物の神様のエネルギー、先日プレゼントしていただいたレインボードラゴンこうめさんのエネルギーを放射してみたら、ごそごそし始めた。
喜んでいるような気がする。
どんなに人間の知識を集めても神様にはかなわないなぁと思った。

ふと、思い出す。
父が亡くなったときも母が亡くなったときも、
愛しの文鳥こうめさんが亡くなったときも、
友達が病気になったときも、
自分が体調を崩したときも、
ニュースで山火事で死んでしまう動物たちの景色を見ても、
結局祈るしかなかった。

いのちに関わることは、人間の研究では解決できていないことだらけなのだから、人間の知識や技術を繋ぎ合わせても、根本的な解決などできやしない。
人間が作った物ならば人間のやり方で対処できるだろうけど。

人は祈るとき、「祈ることしかできない」と思いがちだけど、
祈ることはいのちの根源に繋がることだから、これほど確かで安全なことはないのだ。
ただ祈りを疑っているから、お陰を見落としてしまう。
量子力学的には見なければ現れないというから。

だからやっぱり人間は、目に見えないいのちとか神のエネルギーを信じることだ。
ヤドカリが教えてくれるように、目には見えなくても何かが伝わっているのだから。
動物は人間とは違ってエネルギーを見て生きていると思う。
動物の方が真理に近いのかも。。

今日も、地球をつかさどる八百万の神々様と各国のクニツカミ様、五井先生、地球をサポートする宇宙の意識さんとともに、祈ります。

世界人類が平和でありますように。

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