Anniversary

今日は五井先生の生誕祭でした。

いつも富士聖地では会員のみの参加でご神事をするのですが、今日は一般の方も参加できるフェスティバルの日です。
地域の方々がお店を出店されるので、そこでお食事をするのが毎年の楽しみとなっています。
地域の方々と調和し交流することも、白光真光会はとても大切にしています。

例年のように五井先生を懐かしむお話はなく、
いつもどおりの昌美先生の力強いご法話がありました。

祈ればいいというものではない、
祈って神に救ってもらうのが人間の本来の姿ではない、
祈ることで神性に目覚め、誰にも頼らず、瞬々刻々未来を作っていく。
過去を消して、消して、消して、本来の姿を取り戻していく。
完全な自立
そのために祈るのである。

厳しいことのように聞こえるけれど
人間は無力感、無価値観を体験するために、努力に努力を重ねて自分を眠らせてきました。
だけどもうそれもおしまい、と手放してしまえば、簡単に戻ることができる、のだそうです。

現実に右往左往せず
現実を、過去の感情想念を手放すために利用していく。

なぜそんなことをするの?
なぜ現実をみないの?
と理解しない人もいるかもしれないけれど、

現実に違和感を感じるからです。
現実では誰も救われないからです。
自分の中にあった疑問、違和感から自由になりたいのです。
もう自分や人を疑うのは懲り懲りなのです。
完全に自分そのものになりたいのです。
そして願わくば、この地球まるごと、自由になって欲しいのです。

今日は曇り空でしたが
一日富士山が隠れることはなく
くっきりと雄大な姿を見せてくださいました。

いつもは日本的に感じるのに
今日はなぜかとてもワイルドな(原始的、パワフルな)景色にみえました。

富士で過ごす時間、
昌美先生と共に過ごす時間、
みんなと祈る時間を
何よりも何よりも愛しく、少し切なく感じる、今日この頃です。

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