走るのをやめてみる

何かのせいにして誰かに助けを求めても
病は癒えない
病を克服するのではなく
病も自分が作ったものとして寄り添ってみると
ポジティブなエネルギーが体を巡りだして体を癒す
病を否定しているうちは
ネガティブなエネルギーが循環して更に体を痛めてしまう

自分で波動(周波数)を調整できれば問題は解決する
本当のところは悪いものなんてないのだ
こちらが悪いものとみなして騒いでいるだけ
人間に害をなすのは恐れ、不安、恐怖、拒絶…自らの想念だ
人間に害をなすことなど物にはできはしないのだ

疑うなら試してみればいい
一日中不安を口にしていれば嫌でも憂鬱になり頭が重くなる
逆に一日中祈り続けていれば心軽くフットワークも軽くなる

どちらかといえば振り幅の大きな私が
毎日穏やかに過ごせるのは間違いなく祈りの功徳だ

今日はためしにパソコンやスマホ、苦手なIさんMさんなど
敵と見なさないよう試みてみたら
体がずいぶん解れて耳鳴りが楽になった
敵がいれば体は緊張してこわばるに決まっているものね
ただ共にあること 寄り添ってみること

そしてせかせか走るのをやめてみると
大抵のことは気にならなくなる
時にはゆったり何もしない時間を持とう

□■□————–

お金を否定することも
お金に依存することも
今の私は求めていない

お金が無くても生きていける術と
すべてを敵とみなさない平和な心
その両方が必要だ

結局はどこにいてもだれといても何をしていても
祈り続けることに変わりはない
どこにいこうが何をしようが問題ではないのだね

世界が平和になる日まで

前の記事

宇宙いっぱいの愛

次の記事

意識改革